私が今、イタリアにいる理由 序章

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icon_027.gif この記事は 2011年4月に書かれたものです。現在のエネルギーとは異なることがございますので、ご了承ください icon_027.gif  

私は今、イタリアにいます。
こちらに来て、2週間が経ちました。

日本を離れると決めるまでに、私の中には驚くほどの「悲しみ」「怒り」「絶望」「抵抗」などという、ありとあらゆる執着が浮かび上がってきました。

東京は安全なのに、なぜ離れる必要があるのか

両親だっているのに、私一人でここを去ることはできない

そもそも、こんな直近で二人分の航空券を買うなんて経済的余裕はない

帰国したいなら、一人で帰ればいじゃないか

と繰り返す私。

その最中に、

行きたくないのに無理やり連れて行かれて、泣き叫びながら自分の街が水に沈んで行くのを見ている

というビジョンを見たりと、過去生にも触れたりしていたわけです。

実は、オットも15日までは「ここに残る。日本から逃げても、地球からは逃げられない。」と言って、残留の意思を見せていたのです。

が、連日の海外メディアにより、オットの両親をはじめ、家族、親族、友人が心配して連絡をくれるものだから、もう大変。義母は毎日涙、涙。

そうでなくとも、不慣れな地震。
そして、原発。
さらには、そういう状況にもかかわらず、まったく危機感を持たない妻(私ね)。
プラス、毎日頻繁に続く揺れで、ストレスと疲労が最高潮に達したオットは、これ以上マンマを悲しませたくない、と帰国を決意。

おりしも、兄弟が、これだけ説得しても戻ってこないなら・・・と、帰国用のチケットを用意してくれていたのが16日早朝。

散々抵抗していた私も、遠い国で心配している家族のことを考えたら、自分は危機感を感じていなくても、それをオットや家族に押し付けるのはエゴだな、と思ったのでした。

そこで、職場の上司に相談。
幸いにも、その週は自宅待機となっており、実家に帰る人はそれはそれでOKという週だったのです。
(自宅遠すぎますけど・・・)

そうして、上司からもOKをもらい、私の両親にもそういうわけで、もう3年も帰ってないし、ちょっと向こうの両親に顔見せて安心させてきます、と言って旅立ったのです。

そして、そこからがまた大変(笑)
その日のアリタリアの成田発は関空発に変更になっている。

関空まで新幹線×2

自宅を出るのが早朝

しかも給料日前

さらに、いつもどおり常にギリギリ

というわけで、関空に到着した時点で、所持金2000円+1ユーロ10セント。

さっさとお金下ろして換金せねば、とターミナルに入った時点で目に入ったのは、今までに見たことのない長蛇の列

軽いめまいを覚えながら、いいもんね!オンラインチェックインするもんね!と、列に並びながら、iPhone片手にチェックイン・・・をしようとしたら・・・

該当するフライトが見つかりません

ちょっとー!!!と、係りのお姉さんを捕まえて、これどういうことですかね?と聞くと、

あー・・・この状態ですと、やはり並んでチェックインしていただくしかありませんねぇ・・・

と。

ま、仕方ない。
そういわれたら、並ぶしかないわけで。

そんなときでもオットは近くのイタリア人カップルとの話に夢中で、まったく気にする気配なし。
私も、関係各所に電話やらスカイプやらで連絡をとって順番が来るのを待ったわけです。

14:00発のフライト。

結局、チェックインが終わったのが14:00過ぎ。
想像通り、フライトは30分ほど遅れての離陸になるでしょうとのことでしたが、イタリア人をなめてはいけない。
1時間はかかるだろうと予想。

しかし、その後も、セキュリティチェック、入国審査と盛りだくさん。

前回の在留許可更新のとき、今回の期間内に一回くらい帰るかもしれないしね、と、再入国許可(複数)を取っておいて本当に良かった。

所持金2000円しかないのに、印紙代払えないからね(笑)

というわけで、大体予想は付くかと思いますが、銀行にも寄れず、もちろん両替もできず、ここでもギリギリで飛び立ったわけです。

飛び立つときに、また涙が出ましたが・・・。

とにかく、こうした経緯で、私とオットは日本を離れました。

・・・続く。

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